【イベントレポート】行政課題解決に挑戦するスタートアップと行政が語る行政協働の秘訣とは!?

2021.04.20

※本記事のセミナーは2021年2月2日に開催されました。

TOKYO UPGRADE SQUARE(TUS)の開所に伴い、「行政課題解決に挑戦するスタートアップと行政が語る行政協働の秘訣とは!?」と題したパネルディスカッションが開かれました。イベントには経済産業省商務情報政策局総務課の吉田泰己・情報プロジェクト室室長、排泄予測デバイスを手掛けるトリプル・ダブリュー・ジャパンの中西敦士・代表取締役、石灰石が主原料の新素材「LIMEX(ライメックス)」を販売するTBMの山口太一執行役員CSOが参加。行政協働を成功させるための秘訣など4つのテーマについて討議を行い、行政サービスの高度化には官民の連携が不可欠との認識で一致しました。(司会は會田幸男・TUSプロジェクトマネージャー)

【テーマ1】「なぜ行政課題の解決に挑戦したのか。その過程ではどのような壁にぶつかったのか」

遠いモバイルファースト

吉田

日本の中央官庁は政策を立案することが目的化しており、それをいかに届けるかということにあまり考えが及んでいません。モバイルファーストという時代にもかかわらず、国民がモバイルでサービスを受けられないのは代表的な事例です。このような状況を変革する必要があると考え、行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)に力を入れています。

これまで官庁のIT関連部署はパソコンの調達など裏方的な仕事でした。その仕組みを変える必要がありましたが、行政側は『どのようなサービスに変える必要があるのか』といった意思を持ち合わせていません。人材も不足しています。

これに対し、私が留学したシンガポールではGOVTECH(ガブテック)※1というデジタルサービスを開発する行政組織が設置されています。政府が組織内部にIT企業を抱えているようなイメージです。また、ユーザーにとって利用しやすいサービスを開発するために民間のエキスパートを積極的に採用していました。こうした海外の事例を踏まえ、経済産業省では民間出身のIT人材を登用するようになり、他省庁でも広がりつつあります。組織内でデジタル化を進めたいという同じ想いを抱く人を集めることも、重要な仕事でした。

広報業務を通じ省内や外部を巻き込む

吉田

DX室という組織を立ち上げるとともに対外発信を行いました。こうした取り組みは外部の認知向上だけでなく、省内の職員に対するメッセージにもなります。外部の方が『経済産業省はDXに取り組んでいるのか』と経済産業省の職員に聞くようになれば、職員が我々のデジタル化の取組に気づくようになります。

また、行政サービスを変えるテクノロジーを持った人とのつながりなど、行政課題を抱える人とのコミュニティが必要だと判断し、自治体の職員やスタートアップを招きながらGovtech※2カンファレンスというイベントを開催し、コミュニティを構築していきました。

おむつの大量消費に課題感

中西

米国の人口数は日本の約3倍なのに、おむつの消費量は3分の1に過ぎません。日本でも、石油化学物質が主原料であるおむつの使用量の最適化を目指すことが必要です。その理由の一つは、税金も過分に投入されているからです。適切な排泄ケアを行うことで、1人当たり月に数千円でほとんどの方は賄うことができますが、2万~3万円近くが請求されるケースもあります。『その差額はどうなっているの』ということをはじめとして、課題だらけ。行政との連携を推進し、課題解決を図っていきたいと思っています。カーボンニュートラル社会の実現という観点からも、対策が急がれます。使用済みおむつは一般廃棄物全体の4%を占めており、高齢化社会の進展に伴い大人用の消費量が増えて、2030年には6%へと拡大すると言われているからです

【テーマ2】「協働の相手はどのように選ぶのか。また、なぜその相手を選んだのか」

行政が旗を掲げると協力する民間企業が増加

山口

神奈川県や横浜市、多くの事業会社とコンソーシアムを組み、プラスチック代替素材のLIMEXを活用してリサイクルを推進しようという活動を進めています。神戸市では、ペットボトルのキャップを原料としたごみ袋の販売を試験的に開始しました。このうち神奈川県の取り組みは、横浜青年会議所様や黒岩祐治知事とのご縁の中から取り組みが始まりました。

また、組む相手が行政だけだとできる範囲が限られてしまいますが、民間企業が参加した結果、用途が拡大して収集量も増え、集める仕組みも高度にできます。行政が旗を掲げると協力してくれる民間も増え、相乗効果が発揮されます。

重要なポイントは事業者の熱意

會田

どういった目線で民間と連携するのでしょうか?

吉田

提供したいサービスに対してフィットするソリューションを提供しているかどうかが判断の基本です。マーケットでの実績がなくても、その部分が重要です。また、我々のスタートアップとの接点はGovtechカンファレンスなどのコミュニティ活動なので、そういった場でフランクにコミュニケーションできると話が進みやすいです。お互いに達成したい想いが共鳴すれば、まずはPoC(概念実証)から着手してみようといった議論ができます。事業者の皆様の熱意やコミットメントは重要なポイントです。

行政側は柔軟な姿勢を

會田

行政側にとって、民間との連携を円滑に進めるための課題は何でしょうか?

吉田

相手のカルチャーを理解しようとする姿勢です。スタートアップはこれまでの仕組みにチャレンジする事業を行うことで、より豊かな社会を実現しようとしています。行政側もこうした提案を踏まえ、『行政のルールを変える余地があるのでは』と柔軟な姿勢に転換していかなければ、官民連携による課題解決は難しいと考えます。これまでのやり方に不都合があれば、どのようにすれば変革を実現できるのかということを、行政側がもっと考えるようになれば、変化のスピードは速くなるのではないでしょうか。

【テーマ3】「協働を成功させるための秘訣は」

行政に対してはピンポイントの提案を

山口

東京マラソンで使用される給水コップの素材として、LIMEXが使われました。採用されると東京都のパンフレットに、『こういったサービスを提供している』と掲載されます。ただ、東京都には30の組織があり、1カ所で採用されても横展開されるものではありません。組織ごとにアプローチして理解を得る必要があります。その過程で重要なのは、東京都全体に向けたものではなくて、『東京都のこの局に向けた提案』といったようにピンポイントで攻めていくこと。そうした考えがなければ、なかなか納得してもらえないというのが経験則としてあります。

【テーマ4】ニューノーマルの時代に求められる新たな行政協働とは

デジタルに詳しい民間人材を登用

中西

オンラインが当たり前になり、行政の方々も1日にこなすミーティングの数が大幅に増えたはずです。コミュニケーションの量も圧倒的に増えて、聞こえてくる話も幅広くなったと思うので、ますます民間とのパートナーシップを締結しやすくなるのではないかと見ています。

吉田

コロナウイルス感染拡大を受けて、オンラインでサービスを提供できるようにしなければならないというプレッシャーが、相当強くあります。行政だけでこの課題を解決するのは難しいと思っているので、デジタルテクノロジーを活用するスタートアップやシビックテックの方々が行政サービスの開発に参画できる仕組みを整備することが、より重要になってきます。この流れは今後も止まらないでしょう。

※1:シンガポール政府のデジタルサービス開発専門組織

※2:GovTech:Government(政府)とTechnology(技術)を組み合わせた造語。技術の積極的な活用で、中央省庁や地方自治体の行政サービスなどをより良いものにすること

  • 吉田 泰己
    吉田 泰己
    経済産業省商務情報政策局総務課 情報プロジェクト室室長

    2008年経済産業省入省。法人税制、エネルギー政策等を担当した後、2015年からシンガポール国立大学MBA、公共政策大学院へ留学、その後2017年から半年間ハーバードケネディスクールでフェローとして在籍。留学中にシンガポールのスマートネーションの取組や、他国のデジタルガバメントの進展を学び、日本の行政デジタル化の遅さを痛感。帰国後はその知見を活かし、経済産業省商務情報政策局情報プロジェクト室の室長として現在経産省のデジタルトランスフォーメーションを推進。法人向けの行政手続のデジタル化やデータの利活用を中心に取組を進める。

  • 中西 敦士
    中西 敦士
    トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 代表取締役

    慶應義塾大学卒業後、大手企業向けのヘルスケアを含む新規事業立ち上げのコンサルティング業務に従事。その後、青年海外協力隊でフィリピンに派遣。2013年よりUC Berkeleyに留学し、MBTプログラム修了後独立し、2014年アメリカにてTriple Wを設立。翌年にトリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社を設立。世界初の排泄を予知するウェアラブル機器「DFree(ディーフリー)」を開発。介護問題が重要視される現代社会において、瞬く間に世界各国から注目を浴び、世界規模のマーケットにおいて事業展開を着実に広めている。

  • 山口 太一
    山口 太一
    株式会社TBM 執行役員CSO(最高経営戦略責任者)

    富士ゼロックス株式会社に入社後、プロダクションサービス営業本部にて新規ビジネス開発を担当。その後、プライスウォーターハウスクーパース株式会社にて、事業再生支援業務に従事し、ビジネスデューデリジェンス、事業再生計画策定・実行支援、金融機関との折衝支援、成長戦略の立案支援等を担当。ディールアドバイザリーグループに異動後、マネージャーとしてクロスボーダーM&A案件におけるM&A戦略検討から実行支援、さらにはPMI(M&A後の企業統合)まで、各種のプロジェクトマネジメントを実施。2015年9月、石灰石から生まれた枯渇資源を守る新素材「LIMEX」を開発する株式会社TBMに入社。経営企画室にて事業戦略、事業計画、および資本政策の策定、量産工場に関するプロジェクトを推進。