【イベントレポート】Paidy杉江陸CEOと考えるグローバルユニコーン経営の極意

2021.12.28

デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)は、後払い決済サービスを提供するPaidy(ペイディ)の杉江隆(すぎえ・りく)代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)を招き、「グローバルユニコーン経営の極意&イグジット戦略」と題したオンラインによるセミナーを開催した。同社は日本で数少ないユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)だが、新たな成長戦略を歩むに当たり、東証への上場ではなく米決済大手ペイパル・ホールディングスの傘下に入る道を選んだ。DTVSの斎藤祐馬社長、鈴木二功M&Aアドバイザリーリーダーとのパネルディスカッションでは、世界で戦うために取るべき行動などについて話し合われた。

【Paidyと杉江CEOのプロフィール】

2008年に設立されたPaidyは、商品購入後に一定期間内で分割による後払いを可能とする決済サービス「BNPL(バイナウ、ペイレーター)」を2014年から提供。日本を中心にアカウント数は630万を超えている。同社を傘下に収めたペイパルはアカウント数が4億超、加盟店数3200万とEC(電子商取引)で圧倒的な地位を築いており、米国トップの決済アプリとなっている。
杉江CEOは1971年生まれ。東京大学教養学部卒業後、富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。アクセンチュアを経て、新生フィナンシャル代表取締役社長、新生銀行常務などを歴任した。2017年11月にPaidyの創業者であるラッセル・カマー現会長からバトンを受け現職。

CEOの仕事はストーリーテリングなど3つ

鈴木

スタートアップの経営に対する杉江さんの根本的な考え方を教えてください。

杉江

CEOには3つしか仕事がありません。 1つめはストーリーテリング。2つめはベスト・アンド・ブライテストなチームを作って維持し、向上し続けること。3つめが銀 行口座にお金がちゃんとあることをしっかり確認することです。

ストーリーテリングは、世の中のどのようなペインを解決するために事業に取り組むのかという、しっかりとした定義がなければ成立しません。それを踏まえストーリーに共感してもらって、そこに向かって突き進むチームを組成することが必要です。そのチームと一緒に走りきるためには、次の資金調達までのお金を用意することが不可欠です。

資金調達を行う上で大事なのは、投資家や事業のパートナーに対し、自分たちのストーリーを伝え続けることです。スタートアップの大半は、ただひたすら思いを伝えるのみで失敗して終わります。あるいは自分の生い立ちを引き合いにアピールするケースがありますが、資本家が教えてほしいのは「では、いくら投資したら、どこまで成長してくれますか」といった定量的な部分です。

日本で勝ち切るには世界のプレイヤー同等のタレントが必要

斎藤

Paidyは杉江さんが入社された時から、グローバル目線が非常に強かったのでしょうか。それとも、だんだんと目線が上がっていったのでしょうか。

杉江

当時は40人の社員がいて、20人が日本人、20人が外国人という構成でした。ただ、プロダクトとセールス、エンジニアリング、人事の各ヘッドとCFOは全員日本人で、日本語を話す人たちでした。

斎藤

現在は30数カ国の多様性に富んだマネジメントチームを作って、グローバル経営を実践されていますが、どのような思想に基づきチームを変えられたのですか。

杉江

世界を見渡すと我々の10倍とか20倍というスケールで、価値を出し始めているライバルが存在します。将来的には日本に上陸するはずですが、彼らと対等に戦い、少なくとも日本のマーケットで勝ち切るには、世界のプレイヤーと同等のタレント、クオリティが必要となります。

(※)ホームカントリー・バイアスというのはいろいろな形であります。例えば日本の資本家は世界の資本家と違うことを言うし、マーケットからも全く違うものが求められます。ユーザーや社員だって、そもそも雇用の制度も異なる中、日本ローカルで最適化したものを外の人に説明することもできない。外に持ち出すのはもっと無理です。そういったバイアスを自分でそのまま取り除いていくという作業を最初に行う必要があるというのが私の実感です。

※投資家がさまざまな理由によって海外投資に慎重になり、自国市場への投資が厚くなる傾向のこと

人を増やすぐらいなら、2倍の能力を持つ人材の採用を

斎藤

グローバルでトップレベルの人材を集めチームを組成していかれたのだと思いますが、なかなかできるものではありません。やり方を教えていただけますでしょうか。

杉江

優れた芸術作品を鑑賞したことがない人が、いきなり素晴らしい作品を手掛けるという事例はあまりないですね。やはり優れた芸術にたくさん触れた人こそが優れた作品を産み出します。こうした事実を踏まえ、一流を知る人から世界中の誰から見ても一流と認められている人を紹介していただき、その人と日常から接点を持つようにしました。簡単なようでいて難しい行動でしたが。

もうひとつ重要なのは、膨大な数の候補者になるべく会うことです。私はシリーズC、シリーズDといった時期に、1日のほぼ半分は面接に充てていました。現在のCFOは20人目に会ったのですが、入ってくれるかどうか分からなかったため、そこからさらに50人くらいに会った上で、今のCFOに頼みに頼んで入社してもらいました。一事が万事そんな感じです。クオリティにまずこだわる。その目線を自分で作る。もうこれ以外にないです。

斎藤

トップレベルの人材というのは非常に報酬水準も高いと思うのでが、そういった部分も踏まえファイナンスとつなげながら、トップのチームを作り上げていくという形なのでしょうか。

杉江

そうですね。人件費というか、1人当たりのコストは意外とコントロールできるものです。例えば人の2倍の収入を求める有能な人がいたら、人の2倍の仕事を与えればいいのです。それによる副次効果は、コミュニケーションコストが劇的に下がる点です。2人分の生産性を発揮できるわけですから。皆さんに本当にお薦めしたいのは「人を増やすな。増やすぐらいなら能力が2倍の人を取りにいけ」ということです。

採用活動は投資家を巻き込むことも重要

斎藤

それを実現するためにもグローバル中から多くの人に会って、トップレベルを維持するためにも決して妥協しないというのがポイントなのですね。

杉江

その分、間違いなく皆さん高い報酬を求めてきます。キャッシュの報酬もそうですし、ストックオプションもそうです。それに見合うような報酬水準は用意すべきです。

斎藤

通常のスタートアップと比べても破格の値段を提示するというところでしょうか。

杉江

そうですね。私より若い人もたくさんいますけれども、CxOと呼ばれている方々には日本の上場企業の社長と同じレベルの報酬を払っています。

斎藤

投資家にも理解いただきながら、お金を使っていくということですね。

杉江

採用活動に当たっては投資家も巻き込むことも重要です。私がいいと思う人を投資家に会ってもらい、皆さんに分かっていただくということはものすごく大事です。「いや、俺の知っている人の方がいい」ということもありえますので、とにかく巻き込んでしっかりと議論するということに尽きると思います。

日本の投資家は、一度賭けたら最後まで振り切る

斎藤

当初は国内の投資家からも積極的に集められたと思うのですが。

杉江

私どものシリーズCで伊藤忠商事に参加いただいていますけれども、とても素晴らしいバリューを発揮していただきました。他の投資家はグローバルの流れやトレンドを踏まえ、我々のナビゲーション役を担おうとするわけですけれども、伊藤忠商事は経営者がやりたいことをやらせるというマインドです。「分かった。だけど、ラッセルと陸はどうしたいの」ということをいつも聞いてくれました。一度賭けたら最後まで振り切るというところが日本の投資家特有の部分です。

海外投資家との接点は起業家の先輩方の紹介で

鈴木

ファイナンス関連について追加でお聞きします。ソロス・ファンドやVISA、ゴールドマン、エイトローズといった海外資本のVC、CVCからの調達は日本のスタートアップ企業ではなかなかできないと思います。そもそもこういった名だたる海外投資家との接点があったのか、それとも調達のタイミングで巻き込んでいったのか、教えていただけますでしょうか。また、若き起業家にアドバイスがあれば、ぜひお聞かせいただければと思います。

杉江

スタートアップのストーリーは苦労話や生い立ちということから始まります。しかしながら、海外の人には受けません。結局、目的とかゴールみたいなものが明確にあって、そこに至る過程を組み立てるために投資家に話にいくということを、まず自覚することが先です。対話の中で「この人は面白い」と思わせるエピソードを披露するのは構わないのですが、最初に結論から言わないと、海外の人は聞いてくれません。

投資家に何を求めているかも分からず、ただ海外の人だからといって近づくのは絶対にダメです。自分がほしいものは何なのかをまず考える。その欲しいものを持っているネットワークを有する投資家は誰なのか、ということをいろいろな情報を使って収集するといった、マインドセットが必要です。

海外の投資家やマーケットとの接点は、少し前を歩いている起業家の先輩方で、上手にやっていると見受けられる方からの紹介がいいと思います。ただし、投資家に対して何を求めるのかはっきりしないような未成熟な状況で、紹介を求めるのは良くないですよね。何を話していいか分からないからです。そこをまず考え抜いていくのは皆さんの仕事です。

鈴木

ある程度考え抜き、自分はどんなタイプの投資家と出会いたいのか―。海外はより一層、そういうところが必要なのだなというのを理解できました。ありがとうございます。

杉江

ペイパルのライバルである米アファームや豪州のアフターペイ、スウェーデン・クラーナの創業者あるいはCEOと、ラッセル、私は個人的につながっています。特にシリーズDの場合、皆さんがどこに投資しているかが見えるというところもあります。ちょっと微妙な発言ではあるのですが、そういったことも含めて、我々はライバルの動き、あるいはライバルの社長を紹介してもらって、ライバルと競争ができる状況を作ってほしいということがありましたから。それをしっかりやってくれる投資家と組んでいました。

恥ずかしさを脱ぎ捨てて英語をしゃべってほしい

鈴木

日本人は、英語で情報を取得することができていないと言われますが、杉江さんからみて、英語で情報を入手する重要性を教えてください。

杉江

まず語学力なんて気にしないでください。日本人は英語ができないと思っているけど、そのレベルでアジア人たちは全員コミュニケーションしていますから。しゃべらないのであって、しゃべられないのではありません。恥ずかしさを脱ぎ捨ててしゃべってください。英語ができなきゃ世界で勝負ができません。できないのではなくて皆さんやらないだけです。怠けているだけです。だからやってください。

私も全然上手じゃありませんが、無茶苦茶なイングリッシュで、毎日それこそ8時間働いているとしたら7時間は英語でしゃべっています。相変わらず上手になりませんが、それで仕事になりますから心配しないでくださいというのが、まず1つです。

また、始動が遅れることを避けるためにも英語の情報を入手することが必要です。自分で取りに行くのは難しいですが、英語をしゃべれる友達たちを10人作るか、英語を話せるスタッフを10人揃えてください。彼らは英語しか読みませんから、そこから聞けば大事な情報は全部入ってきます。

私も同じことをやっています。弊社のスタッフが読んでくれるから、私が主体的に取りに行かなくたって全部入手できます。そういった意味でもチームを構成する上で、自分の苦手なことがやってもらえる人や自分から一番距離の遠い人を採用しておくと、いいことがありますよ。

カルチャーが異なるとマネジメントも苦労

斎藤

カルチャーがかなり違う人たちが集まってくるとマネジメントは容易ではないと思 いますが。

杉江

確かに苦労はします。その国の常識で人を評価したり強制したりということができないのが理由です。例えば労働基準法なんてものは、日本以外の国の人は誰も知りません。残業管理をしていると、その社員のためであるにも関わらず、「監視社会だ」と嫌われたりします。また、海外の考え方の場合、割とクオリティの良い人材を取ってきたならば、前任者やパフォーマンスの悪い部下はさっさと切ってくれという話になります。日本の法律で雇用解雇するのはとても大変ですよね。

斎藤

そうですよね。

杉江

もちろんやります。冷たい人のように見られますけど、他の職場に移ると輝くわけですから。それをご本人に理解させてさしあげるのは私の仕事なのですが、法律やその国の常識を知らない人からすると、「もたもたと何をやっているの」という話になったりします。

弱音を吐ける相手と率直な関係を築いて何事もシェア

斎藤

メンタルはどのようにキープされたのですか。

杉江

これは本当に大事なことです。経営者は孤独で、とても辛い日々を送らなければならないからです。本当に当たり前の答えになるのですが、やはり弱音を吐ける相手と率直な関係を築いて、何事もシェアするという状態をいち早く作ってください。私であればラッセル・カマーと、シリーズAからの投資家だった取締役の女性、妻の3人だと思います。共にいるだけでなんとなく吐き出せて、そのうちにだんだん周りが客観的に見えてくる。そうすると今度はチームで一緒に新たなプランを策定して、上手くいくかもしれない。ベストを尽くしたという自己肯定感がなんとなく得られますよね。

斎藤

なるほど。

杉江

その自己肯定感はすごく大事なことだと思うので、一緒に落ち込むことがないような人と、一緒に前に進んで行かれることをおすすめします。一人だとやはり辛いですよ。

M&AとIPOを並走させた結果、ペイパルの傘下に収まる

鈴木

起業家は一般的にイグジット戦略をどう考えると良いのでしょうか。杉江代表がまた起業して若き起業家になったとしたら、どういった形でイグジット戦略を考えるのか。言える範囲で構いませんので、聞かせていただければなと思います。

杉江

一般論からしますと、まずイグジットどうこうというのは手段です。確実にキャッシュフローが作れるようなビジネスモデルであって、それを粛々と回していきたいのだったら、IPOをしなくていいし、別に大きな会社にする必要はありません。毎年、株主とリターンを分け合うパートナーシップ制みたいなものを作るのは、それはそれで幸せかもしれません。それとは別のパターンでスケールが勝負となるような会社の場合、大規模な資金調達の手段として、IPOやM&Aが選択肢になります。選択肢であって目的ではないと思います。あくまで手段と目的は違います。

Paidyがペイパルの傘下に収まるまでの過程では、M&AとIPOを並走させるデュアル・トラック・プロセスを進めていたのは事実です。IPOを果たすと長期的にコミットすることが必然的に求められる一方で、事業戦略的には自由度が増します。バイアウトの場合、長期のフリーハンドを得ることはすごく難しい。

ただ、出会いというのはタイミングを選べないというのも事実です。競争環境みたいなものを総合的に考えながら、ペイパルグループがどのぐらい私たちにフリーハンドを渡したいかという部分も天秤にかけた上で、デュアル・トラック・プロセスの結果として、この選択肢を主体的に選びました。それが答えられる範囲かなというように思います。

バリュエーションを上げても何の得にもならない

鈴木

企業価値を上げるために工夫されることは何かありますか

杉江

まずバリュエーションを上げるというのは皆さんにとって、辛いことはあってもいいことは何もありません。例えば皆さんがシリーズ Bにいるとして、バリュエーション100億円で資金調達を行ったとしますよね。次にシリーズCに行くまでにシリーズBで約束したことができなかったとすると、シリーズCで「100億円で前回ラウンドしたけれど、今回は100憶円の価値はない」というダウンラウンドになってしまえば、ほぼ皆さんは討ち死にです。つまり自分で自分のバーを上げることになります。

会社をイグジットするはるか前の過程から、皆さんは一生懸命バリエーションを上げるために頑張っておられるのですけども、バリュエーションなんてどうでもいいです。あえて言うならばダイリューション。いわゆる株式の希釈化です。皆さんも投資家も既存の株主ですけれども、そこを守るということは重要です。いたずらにバリュエーションを上げても、何の得にもならないということはよくよく噛みしめていただきたい。結論を言えば、上げるためにしたことはありません。

スタートアップのエコシステムに自己肯定感を持つことが必要

斎藤

今回のPaidyのように大きな時価総額で成長していくスタートアップを、日本からどんどん輩出していきたいと我々も思っています。何が一番重要と考えられますか。

杉江

今のスタートアップの日本のエコシステムはそんなに捨てたものではないと思います。そこに対して、皆さん自己肯定感をぜひ持ってください。1つ申し上げたいのは、やはり道具立てがなかなか整っていないことです。海外の投資家との出会いの場がなく、海外と対等のビジネス上の競争戦略を練った経営者たちとの出会いの場もない。そういった場の提供が活発に行われているシリコンバレーに比べると、ビハインドだとは思っております。

私としては知見も、もちろん提供させていただきたいですし、そういったものにレバレッジを掛けて、デロイトみたいなプロフェッショナルファームが幅広く定型化して世の中に出していくことも必要です。これができたとしたならば、1つの大きな進化じゃないですかね。

東京という街、あるいは日本そのものという国は間違いなく、どの国の人から見てもとても魅力的な街です。シリコンバレーよりも行きたい場所です。日本は恵まれている国だから、ぜひ世界中からヘルプを求めてくださいというのが、私が強く伝えたいメッセージです。

斎藤

なるほど。ありがとうございます。

  • 斎藤 祐馬
    斎藤 祐馬
    デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社 代表取締役社長

    デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社をデロイトトーマツグループ内で社内ベンチャーとして立ち上げ、世界7ヶ国150名体制へと拡大。ベンチャーと大企業を繋ぐ早朝ピッチイベントMorningPitch発起人。3,000社以上のベンチャー支援、500社の大企業の新規事業立ち上げサポート、官公庁自治体のベンチャー政策の立案・実行などを手掛ける。2017年 日経 ビジネス次代を創る100人に選出。

  • 鈴木 二功
    鈴木 二功
    デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社 スタートアップ事業部 M&Aアドバイザリーリーダー

    慶應義塾大学法学部卒。Executive MBA(修士経営学)。
    専門はスタートアップ・ベンチャーM&A。2011年の東日本大震災により被災した企業の経営再建・新規事業開発を担い、復興・再生に尽力。その後、金融機関に従事した後、2018年デロイトトーマツベンチャーサポートに入社。業界やフェーズに限らず年間300人超の起業家(経営者)の支援。その過程で、ビジネスモデルの構築や業務提携、資本政策のアドバイス等も実施。