【イベントレポート】官民連携にとって大事なのは、お互いの顔が見える関係づくり
~TOKYO UPGRADE SQUAREの開設2周年を記念してパネルディスカッションを開催~

2023.05.12

東京都中小企業振興公社は「TOKYO UPGRADE SQUARE」が開設2周年を迎えたのを記念し、「国・東京都のスタートアップ戦略と官民共創の実現に向けて」と題したイベントを開催した。
イベントには経済産業省の石井芳明・新規事業創造推進室長と東京都の𠮷村恵一・スタートアップ戦略担当局長、電動キックボードと電動アシスト自転車のシェアリングサービスを展開する株式会社Luupの岡井大輝・代表取締役社長兼CEOが出席した。
石井氏は、スタートアップへの年間投資額を2027年度までに約10兆円に増やす「スタートアップ育成5か年計画」を引き合いに、「新しい資本主義の推進を担うのがスタートアップ。東京都が力を入れているスタートアップ支援との連携を図っていきたい」と意欲を示した。
𠮷村氏は、スタートアップの関連団体が集結し、支援するための新たな拠点となる「Tokyo Innovation Base構想」などを紹介。「組織横断型チームを立ち上げ、関係者が一丸となってスタートアップ戦略を展開している」と都側の姿勢をアピールした。
岡井氏は、電動キックボードが16歳以上という年齢制限をクリアすれば2023年7月から免許不要で走行できるようになった、ルール整備に至るまでの経緯を説明し、「Luup単独では日本全国に正しい乗り方を普及させるのは難しいので、自治体に支援をいただきたい」と述べた。
その後、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社の斎藤祐馬・代表取締役社長がモデレーターを務め、パネルディスカッションを実施。終了後は登壇者との官民連携相談会、交流会を行った。
パネルディスカッションの概要は次の通り。

スタートアップ育成5か年計画
目標
・5年後にスタートアップへの投資額を10倍を超える規模に
・10万社のスタートアップ、100社のユニコーンのエコシステム
第一の柱 人材・ネットワークの力
・海外に人を派遣しキーパーソンとつながっていく
・先輩が後輩を育成する仕組みの強化
・小中高からの起業家教育を強化
第二の柱 資金強化
・官民ファンドからの資金調達を強化
・テクノロジー系スタートアップの立ち上がりを支援
・個人保証をなくすための信用保証制度を作る
第三の柱 オープンイノベーションの推進
・大企業とスタートアップの連携を促進するための税制
・スタートアップへの人材移動
東京都のスタートアップ戦略
未来を切り拓く10×10×10のイノベーションビジョン
・グローバル10:東京発ユニコーン数を5年で10倍
・裾野拡大×10:東京の起業数を5年で10倍
・官民協働×10:東京都の協働実践数を5年で10倍
4つの柱
・世界最高にスタートアップフレンドリーな東京にする
・誰もが夢に向かって羽ばたける土壌を作る
・あらゆる関係者がワンチームで強力にサポートする
・世界を視野に戦略的に発信する
Tokyo Innovation Base構想
海外VC・アクセラ誘致の仕組みを構築
スタートアップの自由な発想を都政の現場へ、公共調達を大幅拡大
Luupの事業概要
・スマートフォンを活用した電動キックボードと電動アシスト自転車のシェアリングサービス
・東京、大阪、横浜、京都などで事業を展開
・1カ月あたり100~200カ所のペースで拠点が増えている
Luupと政府・自治体の関係性
・浜松市や奈良市、東京都多摩市など5自治体と協定を締結
・これを契機に政府との対話がスタート
・全国自治体で30~40回の実証実験
・内閣府や経済産業省の制度を活用しながら政府との実証実験を通じ、安全性を確認
・都内では、渋谷区、杉並区、文京区と協定を締結

海外や大使館からの問い合わせが増え、関係性も深まる

国や東京都の施策に対する反響はいかがですか

石井

一番大きいのは、官邸で「これをやる」と決め、5か年計画のプロセス策定に突入した段階で、文部科学省や農林水産省、国土交通省など関係省庁がどんどん乗ってきたこと。スタートアップ支援は経済産業省が2000年代初めから細々とやってきましたが、これまでにないプロセスで、民間企業や海外からの問い合わせも増えています。いい流れをうまく活かしていきたい。

𠮷村

東京都は様々な部署でスタートアップ支援策に取り組んできましたが、ワンチームを作った結果、都の本気度が伝わるようになってきました。海外や大使館からの問い合わせも増えており、段々と関係性が深まっています。

規模を大きくするための第2、第3の矢に期待

こうした官側の動きをどのようにとらえていますか

岡井

私が大学生だった6~7年前、意欲的優秀な人にとっては起業という選択肢は一般的ではがなかった。しかし、最近は起業を選ぶ傾向が強まってきたという感じがしており、国の政策の成果だと思っています。ただ、サポートが十分でない時代は、起業を始めた時点で覚悟が決まっている人が多いけど、現在はそうでもありません。「超大きくなりたい」といった野心を抱く人に応え、会社を大きくするような政策が第2、第3の矢で出てくるとすごくうれしい。

人材が流れ込んで成長するストーリーを描きたい

海外の支援策と比較してどうでしょう

石井

確かに大きく成長する企業がまだまだ少ない。要因の一つは、米国などとファンドのサイズが異なっている点です。日本でもサイズを大型化するとともに、海外の投資家を呼び込むことが重要です。合わせて、人材の流動性を高めなければなりません。一部のスタートアップには、世界的な大手金融機関の出身者がCFOで入り、ファイナンスをアレンジして成長するという好循環ができ始めています。SaaS系がメインですが、ディープテック系などにも人材が流れて成長するストーリーを描ければ、それを応援したい。

𠮷村

日本のスタートアップにはいいネタがあるのに、海外のベンチャーキャピタル(VC)からの投資は活発でありません。企業のデータベースが日本語で書かれていたりして、世界にアピールする機会が少ないからです。日本のスタートアップに触れることで、「いい企業がある」ということを知ってもらえれば、海外からの注目度も高まるはず。その意味で、東京都が主導して開催するスタートアップのグローバルイベント「City-Tech.Tokyo(シティテック東京)」は、世界に打って出ようとする日本のスタートアップの姿勢をアピールする、絶好の機会です。

自治体、官公庁、政治家との間で緊密に連携

こういった形でスタートアップ戦略の本気度はかなり変わり、ブラッシュアップされています。岡井さん、官民連携で良かった点や課題を教えてください

岡井

自治体と政府が中心となって電動キックボードの安全性の検証を行った結果、これまでに類がないくらいの速いペースで、安全性に関わるデータが溜まっていった点が良かったと感じています。これは、各関係者自治体、官公庁、政治家とLuupとの間で緊密に連携を取れたために得られた結果です。街中には安価で公道走行不可な違法タイプの電動キックボードモビリティの走行が横行していましたが、当社としては、時代に合ったしっかりとしたルールを作り、取り締まりを厳しくしようとする流れに乗ることができました。

あらゆる要請に対応できるよう準備しておくことが必要

苦労した点は

岡井

一般的なスタートアップは、ユーザーから心底愛されるプロダクトを生産するとうまくいくもの。ユーザーの声を果てしなく聞くことが重要です。しかし今回は利用者の声に加え、道路交通全体を踏まえた安全性や都市計画の問題も絡み、プロダクトの複雑性が上がりました。2023年7月から16歳以上は最高時速20km以下の電動キックボードに運転免許なしで乗れるようになりますが、16歳以上はどのように証明するのかなど、政府側で決まっていない部分も多い(※イベント開催時)。開発者側は、プロダクトに対するあらゆる要請に対応できるように準備しておく必要があります。

また、官民連携を前提とした事業モデルの成功事例はあまりないこともあって、投資家は「うまくいくかもしれないけれど、1%や5%の確率でも『おじゃん』になるのであれば投資できないよ」という反応が多かった。倒産しないスタートアップにお金が集まりがちなのは、日本の根本的課題だと思っています。目線をグローバルに上げることは、より多くのリターンを取ることで、より大きなリスクを抱えることです。この部分をどうするか。これからの課題ですね。

行政が応援したくなる提案があると、官民連携は一気に進む

石井さんから見た官民連携のポイントはどこにあるでしょう

石井

行政側は世の中を良くしたいと思う気持ちが強く、そうしたサービスを提供する事業者と組みたいと思っています。そのためにはリスクや問題が顕在化するかもしれないということをあらかじめ考える必要がある。その辺りの事情を理解していただきながら、お客様の利便性を向上するといった部分にうまくつながればいい。また、「世の中を良くするためにこういった流れが起きていて、このように動いていきます」といった行政が応援したくなる提案があると、官民連携はすごく進むはずです。岡井さんがうまく進めた要因は、変に構えたところがなく、ざっくばらんに話してくれたからです。

交流の場を活用して意思の疎通を図る

まさにお互いの顔が見える関係は、官民連携にとって大事です。東京都はスタートアップとの連携を強化するため、シェアオフィスの「CIC Tokyo」に入居しています。どういった効果が表れていますか

𠮷村

役人とスタートアップが交流する機会は少ないこともあって、お互いに何を考えているのかがよく分かりませんでした。ただ、こうした場に足を運んでみると、意思の疎通を図れるし刺激を受けます。実は2年半前、スマートシティのイベント時に、電動キックボードを体験する機会がありました。とても楽しかったし、サービスの提供者との間で何となく共感も生まれました。東京都も応援しなければという気持ちになってきます。そういったコミュニケーションも大事ですね。

率直に意見を言い合えることが大事

行政や政治家の懐に入るコツみたいなのはありますか

岡井

「日本を良くしたい」。それは、自治体や政府関係者の方々の共通の願いです。起業家との目線は似ていると感じます。また、事業を大きくしようとするとリスクは絶対に伴うので、自治体や省庁が気にするような論点については、結構意見が合うと思っています。こちらが本気であれば、意気投合する人が多いので、率直に意見を言い合うことが重要です。

石井

一緒に社会課題を解決したいと思っているスタートアップは応援したいし、連携を図りたいですね。